人文社会学部 経営学科 トレーナー・スポーツ経営コースの卒業生が在学中に実施した研究が国際学術誌「Timing & Time Perception」に受理されました。
2025年度

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2025.11.06人文社会学部 経営学科 トレーナー・スポーツ経営コースの卒業生が在学中に実施した研究が国際学術誌「Timing & Time Perception」に受理されました。

人文社会学部 経営学科 トレーナー・スポーツ経営コースを2022年度に卒業した山内 大夢 さんを筆頭著者として、同学部の 田邊 弘祐 先生が責任著者である原著論文「Effects of Distortion of Time Perception Caused by White Noise on Executive Function」が時間知覚の国際誌である「Timing & Time Perception(2024 5-Year Impact Factor: 1.4)」に掲載されました。

本論文は、山内さんが本学で取り組んだ卒業研究の内容をまとめたものであり、自身の体験から生まれた知的好奇心を独創的な研究デザインによって探求した成果が国際的にも高く評価されたことを示しています。

本研究の着想および背景

この研究は、筆頭著者である山内さんが卒業研究に取り組む中で、いわゆる「ゾーン」や「フロー状態」になると、時間の流れが短く感じるという自身の体験から始まりました。この体験から、「なにかに夢中になっている、または高い集中力を発揮している間(フロー状態の間)、脳の機能(思考の柔軟性など)は高くなっているのではないか?」という素朴な疑問を抱いたことが本研究の着想に至った経緯です。

しかしながら、実験で意図的に人を「フロー状態」に導くことは容易ではありません。そこで、山内さんは敢えて逆転の発想でアプローチをしました。つまり、なにかに夢中になる、または高い集中力を発揮することが困難な状況を作り出し、「フロー状態」から意図的に「遠ざける」という試みを行いました。具体的には、ホワイトノイズ(砂嵐の雑音)の騒音環境で過ごすことによって、時間の流れは遅く感じられるのではないか、そして、その状況下で脳の機能が低下していることが示されれば、研究の出発点である「フロー状態と脳機能との関連」を間接的に解明できるのではないか、と考えました。

本研究の概要

15名の健康な大学生を対象に、ホワイトノイズによる騒音環境(80–85 dBA)に晒されることによって、①時間感覚(時間の流れ)②気分や感情③認知的柔軟性(思考の柔軟性)にどのような影響を及ぼすか、静かな環境(40–50 dBA)と比較する実験を行いました。

本研究の成果

1.騒音環境は、無自覚のうちに時間感覚を長く評価させる。

ストップウォッチで60秒を計測する課題を行った結果、時間感覚は静かな環境と比べ、騒音環境下では約2.7秒長く評価していました。仮説通り、騒音環境が無自覚に時間感覚の歪みを生じさせていることが明らかとなりました。

2.騒音環境による「イライラ」が時間感覚を歪ませる主要因である。

騒音環境に晒されると、気分や感情が悪化することが確認されました。特に、質問紙で評価した主観的な「イライラ」の増加により、無自覚に時間感覚が歪む現象の約30.7%を説明する唯一の強力な予測因子であることが統計的に示されました。

3.騒音環境による「思考の柔軟性」への影響は個人差が大きく、時間感覚が歪みにくい人ほど悪化する。

当初の仮説に反して、時間感覚に歪みが生じる騒音環境下での思考の柔軟性の悪化は統計的に認められませんでした。しかしながら、「騒音による時間感覚の歪みが小さい群」と「大きい群」に分けて解析したところ、驚くべき結果が得られました。具体的には、時間感覚の歪みが小さい群においてのみ、静かな環境と比べ、騒音環境で認知的な柔軟性が悪化していたのです。これは、時間感覚の歪みが生じにくい人は、環境の変化に適応しようとする認知的な負荷が高まり、その結果として、他の脳機能(本研究であれば、思考の柔軟性)が犠牲になっている可能性を示唆しています。

これらの成果は、騒音が単に不快なだけでなく、私たちの時間感覚、気分や感情、さらには個人差を考慮した脳機能に及ぼす影響は複雑であることを科学的に明らかにした重要な知見です。

スポーツ分野における応用可能性

本研究で得られた重要な知見は、騒音環境によって引き起こされる「イライラ」というネガティブな感情が、時間感覚に歪みを生じさせたという点です。これを競技スポーツの場面に当てはめると、非常に可能性が浮かび上がります。

例えば、同じ大歓声であっても、ホームチームへの応援(ポジティブな感情を喚起する声援)と、アウェーで相手チームに向けられる応援(ネガティブな感情を引き起こす声援)とでは、アスリートの時間感覚や思考の柔軟性に全く異なる影響を及ぼす可能性が考えられます。つまり、単に「音が大きい」だけでなく、「その音を選手がどう受け止めるか」という心理的な側面が、パフォーマンスを左右する重要な要素となることを本研究は示唆しています。特にアウェーの試合では、時間感覚の歪みが生じることでパスやシュートのタイミングに微妙なズレが起きたり、思考の柔軟性が悪化することにより、一瞬の判断を鈍らせたりする一因になるかもしれません。

本研究は、このようにアスリートを取り巻く「音」という環境要因がパフォーマンスに与える心理的な影響を解き明かし、その対策を考える上で重要な科学的根拠を提供するものです。