救急救命士の静脈路確保成否に関する研究
THU Innovations
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救急救命士の静脈路確保成否に関する研究

  • 静脈路確保の成否因子
  • 自動胸骨圧迫装置
  • 救命率向上

HIDEAKI
NAKAMURA

中村 秀明講師

医療スポーツ学科 救急救命士コース

帝京平成大学大学院 健康科学研究科 病院前救急医療学分野 博士課程 修了。博士(健康科学)。資格/救急救命士。現在実施中の研究課題は、救急活動の時間的制約感と疲労感が静脈路確保成否に及ぼす影響、血管状態の理解に影響を及ぼす因子の検討、機械的胸骨圧迫装着開始時間が静脈路確保に及ぼす影響など。研究対象は救急救命士・傷病者・静脈路実施環境。主な著書に『救急救命士 基礎から応用まで試験対策問題集Ⅰ~Ⅶ』などがある。

救急救命士のスキルを確実に修得・維持させる教育プログラムを開発

静脈路確保は、救急医療の現場で患者の命を救うための重要な処置であるが、その成功率が低いことが大きな課題となっている。特に心肺停止の状況では、静脈路を確保しアドレナリンを投与するまでの時間が、患者の救命率や脳機能の予後を左右する重要な因子となる。アドレナリンの迅速な投与が患者の蘇生や神経学的な回復に大きな影響を与えるため、静脈路確保の成功率改善が急務である。しかし、現状では多くの救急救命士が静脈路確保を実施する機会が限られており、平均して月に1回から2回程度しか行えないという統計がある。この頻度では、スキルを維持し、困難なケースにも対応できる十分な経験を積むことが難しい。そのため、現場で即座に役立つ教育カリキュラムの開発が必要不可欠となっていた。

「この問題に対処するため、私は静脈路確保の成否因子を解明し、その結果に基づいて血管透過モデルを活用した独自の教育プログラムを開発しました。このプログラムは、静脈の走行や穿刺のポイントを直感的に理解できる実践的な訓練を行い、受講者が現場で直面する多様な状況に対応できるスキルを養うことを目的としています。同プログラムを受講した救命士の成功率は、訓練前の53.8%から62.9%へと有意に向上しました。さらに、特に困難症例とされるショック状態の患者では、成功率が51.0%から75.6%にまで改善され、静脈路確保に要する時間の短縮も確認されています。この成果は、教育内容を実践に直結させるアプローチの有効性を示すものとなりました。また、近年、自動胸骨圧迫装置の導入が進む中で、この装置が静脈路確保の成否に与える影響についても研究を行いました。その結果、装置を使用した場合の成功率は44.6%であり、未使用群の62.6%より低いことが判明しました。この結果は、装置の使用が静脈路確保の成功に特定の課題をもたらす可能性を示唆しています」(中村 講師)

こうした研究成果は、救急医療現場における静脈路確保の成功率向上に大きく貢献している。教育プログラムの開発、自動胸骨圧迫装置の課題解明、処置範囲拡大による成功率向上の実証など、これらの取り組みはすべて、現場での救命率向上を目指すものである。

「教育カリキュラムの作成は、救急救命士が現場での少ない実施回数を補い、確実にスキルを習得・維持するための効果的な手段です。私は、救急医療の未来を支えるため、これからも現場に根ざした研究と教育活動を継続し、患者の命を守るための新たな知見を提供していきたいと考えています」(中村 講師)

救急活動の可能性を最大化し、重症患者の救命率の大幅な向上を目指す

静脈路確保に関する研究は、救急医療現場における処置成功率を向上させることで救える命を最大化することを目指すものである。静脈路確保の成功率が向上することで、心肺停止傷病者に対するアドレナリン投与が迅速に行われるようになり、心肺蘇生の成功率や患者の神経学的予後が飛躍的に改善することが期待される。この成果は、救急救命士の処置に対する信頼感をさらに高め、現場での技術的な評価を向上させるだけでなく、救急救命士の処置範囲を広げる法的整備を推進する力にもなることが考えられる。

「法整備が進むことで、アドレナリン以外の薬剤投与やさらなる処置が可能となり、救急医療の現場で対応できる範囲が拡大し、より多くの患者を救命できる体制が整います。このような取り組みによって、静脈路確保の成功率向上を出発点とし、救急医療全体の質を向上させることで救命活動の可能性を最大化し、特に心肺停止やショック状態など重症患者の救命率を大幅に向上させることを目指しています」(中村 講師)

常に新しい課題に挑戦し続けることが、医療の未来を切り拓く「鍵」

研究者として大切にしているのは、「現場の声を聴くこと」「実践に基づく研究を行うこと」、そして「社会に還元できる成果を生み出すこと」だという。また、次世代の研究者や救急医療の担い手たちには、「挑戦する姿勢」と「継続する力」の重要性を伝えたいと話す。

「特に、救急医療の分野では、理論だけではなく、現場で働く救急救命士や医療従事者が直面する課題を理解し、それを解決するための実用的なアプローチを提案することが求められます。そのため、私は常に現場のリアルな課題に耳を傾け、それを研究の出発点としています。救急医療の分野は、技術や知識が日進月歩で進化しており、これまでの常識が短期間で覆ることもあります。従って、現状に満足せず、新しい課題に挑戦し続けることが、医療の未来を切り開く鍵だと考えています。同時に、研究は成果がすぐに見えるものではなく、多くの時間や試行錯誤を要します。その中でも、小さな成果を積み重ね、粘り強く取り組む姿勢が重要です」(中村 講師)

研究の成果を社会に還元し、次世代に引き継ぐことも、研究者としての大きな責務だと感じているという中村 講師。静脈路確保の研究は、救急医療現場での実践に直結する内容であり、この知見を今後の教育プログラムや技術開発に活かすことで、多くの命を救うことができる。

「次世代の救急救命士や研究者がこれらの成果を基にさらに新しい知見を生み出し、より多くの命を救うために貢献してほしいと願っています。そして、医療や研究の分野に携わる全ての人々に、「患者のために何ができるか」という原点を忘れないことを伝えたいと思います。どんなに技術が進歩しても、私たちの仕事の目的は患者を助けることであり、そのために尽力する姿勢が、研究や実践のすべてを支える基盤となるはずです」(中村 講師)